家族や自分自身が玄関の鍵をさしたまま忘れているのを発見した時、多くの人が抱く不安は、これが認知症の始まりではないかという疑念です。特に高齢の家族がいる家庭では、一度の失敗が深刻な問題に感じられるものです。しかし、鍵の抜き忘れという現象そのものは、若者からお年寄りまで誰にでも起こり得る不注意の一つです。大切なのは、その失敗が病的なものなのか、それとも一過性のうっかりミスなのかを見極めるための視点を持つことです。 判断基準の一つとして重要なのは、失敗した後の反応です。鍵を抜き忘れたことを指摘された際、ああ、やってしまったとすぐに自覚し、自分の非を認めて反省できるのであれば、それは単なる注意力の欠如である可能性が高いです。しかし、鍵をさした覚えがないと強く否定したり、誰かが嫌がらせでやったのだと被害妄想的な発言が出たりする場合は注意が必要です。これは、自分の行動の記憶を保持できていないことを示唆しており、認知症の初期症状によく見られる傾向だからです。 もう一つの指標は、生活全般における遂行機能の低下です。鍵の抜き忘れだけでなく、例えば料理の段取りが悪くなった、家電の操作方法が分からなくなった、同じ話を何度も繰り返すようになった、といった他の症状が併発していないかを確認してください。認知症は記憶力の低下だけでなく、計画を立てて物事を実行する能力も阻害します。玄関の鍵を開けて、中に入り、鍵を抜いて閉めるという一連のプロセスが、脳内でスムーズに処理できなくなっている場合は、病的な要因が強く疑われます。 一方で、強いストレスや極度の疲労、あるいはうつ症状などによっても、同様の注意力低下は起こります。これを仮性認知症と呼び、適切な休息や治療によって回復することが可能です。つまり、鍵の抜き忘れという一つの事象だけで即座に認知症と決めつけるのは早計ですが、頻度が増し、日常生活の他の場面でも違和感が生じているのであれば、迷わず専門医の診断を受けるべきです。早期発見は、本人にとっても家族にとっても、その後の生活を安定させるための大きな鍵となります。