帰宅して玄関のドアを開けた後、そのまま鍵を抜き忘れて一晩過ごしてしまったという経験は、多くの人が一度は通る道かもしれません。しかし、こうした事態が頻繁に繰り返されるようになると、単なるうっかりミスでは済まされない不安が頭をよぎるものです。防犯上のリスクはもちろんのこと、自分自身の脳の健康状態に何らかの異変が起きているのではないかと疑うのは自然な反応と言えます。鍵をさしたまま忘れるという行動の背後には、いくつかの医学的な要因が考えられます。 まず若年層から中年層にかけて疑われるのが、注意欠如多動症、いわゆるADHDなどの発達障害の可能性です。ADHDの特性を持つ人は、注意を持続させることや、複数の作業を並行して行うワーキングメモリの働きに課題を抱えていることが少なくありません。帰宅時は荷物を置く、靴を脱ぐ、照明をつけるといった複数の動作が短時間に重なるため、脳内の優先順位が混乱し、鍵を抜くという最後の動作が意識から完全に抜け落ちてしまうのです。これは本人のやる気や注意力の欠如という精神論ではなく、脳の神経伝達物質のバランスによる特性である場合が多いとされています。 一方で、高齢者の場合に最も懸念されるのは認知症や軽度認知障害の兆候です。加齢に伴う単なる物忘れであれば、鍵を忘れたことを後から指摘されて思い出すことができます。しかし、認知症の初期段階では、自分が鍵をさしたという行為自体の記憶が抜け落ちたり、鍵を抜かなければならないという手順そのものが理解できなくなったりすることがあります。特に、昨日まで普通にできていたことが急にできなくなる、あるいは同じ失敗の頻度が劇的に増えたという場合は、専門の医療機関での検査が推奨されます。 また、現代病とも言える脳過労の影響も無視できません。仕事や育児、介護などで過度なストレスがかかり、脳が常にフル回転している状態では、前頭葉の機能が一時的に低下します。これを脳疲労と呼びますが、この状態に陥ると注意力が散漫になり、普段ならあり得ないような初歩的なミスを連鎖的に引き起こします。鍵をさしたままにするという現象は、脳が発している休養のサインである可能性も高いのです。いずれにせよ、生活に支障をきたすほど頻発する場合は、一度自身の心身の状態を客観的に見つめ直し、必要に応じて医師の診断を仰ぐことが、安心への第一歩となります。
玄関に鍵をさしたまま忘れてしまう背景に潜む病気の可能性