自分の行動に一貫性がなくなり、玄関の鍵をさしたままにしてしまうようなことが増えると、誰しもが自身の脳に不安を抱きます。認知症や発達障害といった言葉が頭をよぎり、自分は重い病気にかかっているのではないかと怯えることもあるでしょう。しかし、医療機関を訪れる前に、まずは人間がどのように行動を選択し、実行しているのかという脳の仕組みについて知ることは、過度な不安を取り除く助けになります。 人間の行動には、意識的に行うものと、無意識に自動化されたルーティンとして行うものの二種類があります。鍵を開けて家に入るという動作は、多くの場合、脳にとって自動化されたプログラムです。しかし、このプログラムは非常に繊細で、わずかなノイズによって乱されやすいという性質を持っています。例えば、帰宅の瞬間に強い尿意を感じていたり、室内から電話の呼び出し音が聞こえてきたりすると、脳は生命維持や緊急性の高い情報を優先し、既存のルーティンを強制的に上書きしてしまいます。 また、人の記憶は感情と強く結びついています。強い不安や深い悲しみ、あるいは過度の興奮状態にある時、脳の記憶中枢である海馬はそれらの感情処理に忙殺され、事実としての行動を記録する余裕を失います。鍵をさしたまま忘れるという現象は、病気というよりは、むしろ脳がその時に直面していた他の重要な課題に対処しようとした結果、生じた副産物である可能性も考えられます。つまり、特定の瞬間に脳がオーバーフローを起こしたに過ぎないという解釈も成り立つのです。 もちろん、これが日常生活を脅かす頻度で発生するのであれば、神経伝達物質の不均衡や脳の器質的な変化を考慮する必要があります。しかし、たまに起こる失敗であれば、それは脳が持つ可塑性や柔軟性、そして限界を同時に示しているに過ぎません。まずは、自分の失敗を病理化する前に、最近の自分に無理をさせていなかったか、脳が正常に働ける余裕を自分に与えていたかを問いかけてみてください。自分自身を冷静に観察する姿勢こそが、不安を解消し、適切な対処へと導く道標となります。
玄関の鍵を抜き忘れる癖を病気と疑う前に知るべき脳の仕組み